| ◆四柱推命学で鑑定する場合、生年月日時がはっきりとわかっていなければ、正確な判断、分析はできない。特に生まれた時間が正確にわからない人は? |
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@両親に確認する。
A母子手帳を調べる。
Bへその緒の箱を調べる。
C寝相で判断する。
■上を向いて寝る
◇23時〜1時 ◇5時〜7時 ◇11時〜13時 ◇17時〜19時
■横を向いて寝る
◇3時〜5時 ◇9時〜11時 ◇15時〜17時 ◇21時〜23時
■うつぶせで寝る
◇1時〜3時 ◇7時〜9時 ◇13時〜15時 ◇19時〜21時
D頭のつむじで判断する。
■眉間の延長線上
◇23時〜1時 ◇5時〜7時 ◇11時〜13時 ◇17時〜19時
■少しそれている
◇3時〜5時 ◇9時〜11時 ◇15時〜17時 ◇21時〜23時
■大きくそれている
◇1時〜3時 ◇7時〜9時 ◇13時〜15時 ◇19時〜21時 |
| ◆四柱(生年月日時)は何を現すか? |
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@生年・・・先祖、両親
A生月・・・両親、兄弟姉妹
B生日・・・自分自身、配偶者
C生時・・・子供
このように生年・生月は自分が生まれ育った家庭環境を示し、生日は自分の結婚後の家庭環境、生時は晩年の自分の姿を示す。 |
| ◆四柱推命の命式で何がわかるか |
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@先祖の家柄はどうか
A生まれた時の家庭環境はどうか
B親・兄弟が援助してくれるか
C良い配偶者に恵まれ幸せな生活が送れるか
D良い子供が生まれるか
E先天的にどのような気質を持っているか
F適正は何か、どのような職業を選べば良いか
G財産・地位・名誉が得られるか
H人生は平穏無事か、波瀾万丈か
Iその他 |
| ◆虎門流四柱推命学の歴史 |
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推命学の発祥地は中国で、春秋戦国時代(今より約2700年前)のようであります。
その後、唐代(西暦618年〜907年)に「鬼谷子」によって確率され、さらに、幾多の賢人たちの研鑽を経て、宋代(西暦960年〜1279年)に「除公升」という推命家のまとめ上げたものと伝えられています。除公升は、除子平という名で知られ、この推命家の著した推命学書「淵海子平」が、推命学のなかで最も権威ある書物といわれています。
わが国では、文政元年(西暦1818年)に、桜田虎門という仙台の大儒学者の手によって発行された「推命書」(上・中・下の全3巻)が、最初の学術書といわれています。
それは、「淵海子平」の翻訳書でしたが、明治20年(西暦1887年)に入って、天祥館創設者松本義亮師が、「淵海子平」の学説とわが国の生活様式、文化等との融合を図り、真に「自らの人生開拓の道を開く運命学」として「四柱推命学」を完成された。
以来、天祥館四柱推命学は、運命学の最高峰としての地位を確率し、二代目布谷章山館主、三代目橋本晴州館主と受け継がれてきました。その後、関西派、関東派と学説が乱立する中で、昭和45年(西暦1970年)に至り、推命界の口伝秘密主義を打破し、幾多の新研究を余すところなく著書に開陳披瀝されたのが朝田啓郷師であります。
その朝田啓郷師のもとで多年に亘り研鑽を重ね、「大自然運命学」を主宰し「虎門流師柱推命学」の発展に努め、師亡きあと、その意思を継承して「虎門流四柱推命学会」を創立に至ったのであります。
今や、虎門流四柱推命学教室は、姫路教室だけでなく、高知・大阪・福山・静岡その他次々と全国に広がっていっております。 |
| ◆虎門流四柱推命学の特徴 |
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運命学の最高峰といわれるだけに、四柱推命学は他の運命学よりも難解であります。
四柱推命学は、生まれた「年」「月」「日」「時間」の四つの天干・地支をもとにして、その人の運命を解析する学問であります。その四柱組織は、60干支の4乗の1,296万通り、さらに男女の別あり2倍すると2,592万通りに分析することができることになります。実際の鑑定となりますと、生時を知ることのできない事例が多々あり、「年」「月」「日」の三柱のみで解析することになりますが、それでも、60干支の3乗の21万6千通り、男女で43万2千通り、乃至はそれ以上に分析できるわけであります。
四柱組織を解析して読み取ることができるのは、その人の持って生まれた運命全般であります。すなわち、一般的性情、運気(方位・時期・将来)、健康(罹り易い病気・発病の時期)、寿命、性格、能力、学術技芸の発達性、相性、婚期、結婚、家庭、六親、金運、対人、適職、独立開業の適否、指導統制力の有無、移転・旅行の安否、事故を起こし易い時期などの予知等々。 |